歴史

柳心照智流の歴史は河端照孝初代宗家が総合武道尚武舘道場において古伝剣術の秘伝を伝授されたことに始まります。

尚武舘道場は1964年に剣術・空手・柔道ほか多数の武道の修練場として東京都台東区浅草に開設されました。

館長には天眞正自源流27代宗家の上野源心師が就任しました。

河端師の御尊父が道場開設に関係された縁で、河端師は上野源心師のもとで修業に励みました。

天眞正自源流には剣術・居合・棒術・長刀術・槍術・柔術と多くの技が伝承されていましたが、河端師は剣術・居合に於ける秘伝を師より伝授されました。

以来、河端師は師伝の技を自ら修業・研鑽するとともに、東京都港区のNCR(現日本財団ビル)道場、大田区の全日空羽田道場等をへて、20012月より東京都北区の三恵技研工業株式会社内の正誠館道場にて門人を指導・育成しました。

また、国内のみならずアメリカ合衆国、ハンガリー、オーストリア等、海外でも多くの門人を育成しました。

河端師は2006年「柳心自源流(RYUSHIN JIGENRYU)」を立ち上げ初代宗家となりました。

また、2008年には愛弟子の矢作訓一師範に宗家を譲り、自身は師範・正誠館館長・宗家後見人として活躍しました。

そして、20111月に、「人材」を育成するという流派・道場の意志を明確にするため、流派名を「冬場でも若葉を失わない柳のようにつよく柔らかな心身によって、不動智を働かせて世の中に役に立つこと」を意味する「柳心照智流(RYUSHIN SHOUCHI RYU)」に改めました。

2018年には国内道場の他に、海外ではアメリカ合衆国、カナダ、ペルー、イタリア、フランス、スイス、オーストリア、スペイン、オランダ、ロシア、ウクライナ、ドイツ、台湾、オーストラリアに40以上の道場が活動しています。

また、同年4月に河端師は正誠館館長職を渡邊喜雄師範に譲りました。